Chinese (Traditional)EnglishJapanese

あなたを好きでいたかった ―Short story—

SERIES -fempassCinema

著・湊いずみ

家族は私の自慢だった。

パパは経営者だし、ママは料理が上手だし。

少し年の離れた妹はドライな性格だから気がねなくなんでも相談できる。

 

就活中に聞かれた、尊敬する人は誰ですか?という質問にも、

迷いなく「両親です」と答えた。

 

年に1回旅行に行って、誕生日とか年越しは実家に集まって、

ママが作ってくれたものを囲んで食べる。

 

そんな当たり前で温かい家庭を自分もつくることにあこがれてるから、

結婚したり子供が生まれたりしている周りの子たちのSNSを見ると、

だんだんと焦りを感じるようになってきた。

 

今付き合ってる彼は、私が通っている美容室の担当の人。

おしゃれでかっこよくて稼ぎもよくて優しい。

元カレたちは、フリーターだったり、家族仲が悪かったり、金遣いが荒かったり、部屋が汚かったり、気になる部分が多かった。

将来を考えられない元カレばかりだったから、今、こんなに素敵な人と付き合えて幸せだなと心から思う。

忙しい彼が合間を縫って私に会いに来てくれるのを待つことすら楽しくて。

彼が好きと言っていたポニーテールも

彼が好きと言っていたネイルのテイストも

彼が好きと言っていたコーヒーも

わたしの定番スタイルになった。

わたしの全部を彼の好みで染め上げたくて、

もっと好きと言われたくて、

彼の好きなものがもっと高い解像度で「私自身」になるのを願って、

今日も彼の好きそうなもので身の回りをかためていく。

それがたとえ私が記念に写真を撮りたいと言っても、苦手だからと拒否されて、

彼が私のためにはまだ変わってくれないとしても。

 

彼と家族になったら、

子供は2人ほしいとか、チワワを飼いたいとか、年末年始は実家に帰ってみんなで過ごしたいとか、そんな妄想が膨らむ。

 

夢見てるだけじゃ結婚できないのはわかってる。

そんな妄想を彼と共有したくて話しても、彼はまだ実感が沸かないと言うけど、

やっと理想に近い素敵な人と出会って付き合えてるんだから、

なるべく早く、結婚までのステップを進めていきたい。

 

ネットで恋愛コラムを漁ってると、結婚する条件として男性が求めてるのは、

「価値観が一緒」「自立している」「気遣いができる」「家族を大事にしている」

みたいな当たり前のことだった。

 

彼とは、出会ったときから話が合うから「価値観は一緒」だし、

私ももう一人暮らし歴が5年になるから「自立している」し、

彼が家に来たときは最大限のおもてなしをしてるし、彼が仕事で忙しくて週末なかなか会えなくても弱音を吐かずに連絡を待っていられるから「気遣いができている」し、

彼にはうちの家族の話もしていて仲がいいことも伝えている上に、うちは家族で定期的に会ってご飯食べたり旅行に行ったりしてるから「家族を大事にしている」し、

全部の条件が当てはまっているわたしは、彼にとってもかなりいい条件な彼女のはず。

 

あとは彼からのプロポーズを待つだけ。

気が早いかもしれないけど学生時代からの親友には、もう結婚近いかも、なんて話をして「次は晴奈が幸せになる番だね」と喜んでもらえた。

大学も就職先も、第一志望には入れなかったけど、やっと私も誰かの一番になれる日がくると思ったら、今までの人生も悪くなかったかもな、と。

これまでのいい彼氏に恵まれなかった人生も幸せになるための助走期間でしかなかったんだ、と。

私も、パパとママみたいに、温かくて優しい家庭を作る日が来るんだ、と思えてきた。

妹から電話が来た。

妹は女子校生で、まだまだ子供だから、「面白い先生がいる」とか言って遊んでるみたいだ。

そんな妹を見ていると、

学生の頃の、あの自由で縛られない感じってよかったよな~、とか、

結婚に焦ったりしなくていいってなんて気楽だったんだろう、とか、

ずっと真面目に生きてきているのになんで誰もわたしを大事にしてくれないのかな、とか。

自由に生きている妹と自分を比べてしまうと、なんだか心が乾くような感覚になる。

 

そんなときは、彼との過去のメッセージのやりとりを見返して、

彼が私へ贈ってくれた言葉を飲み込んで、乾いた心を満たしていく。

 

幸せなのになんだかずっと満たされなくて。

周りと比較して焦りを感じて。

不安な心を見透かされて、まるで見計らったかのように彼から連絡がきた。

初めて彼が自宅に招待してくれる。

 

彼は、よく、私が落ち込んでいるタイミングに連絡をくれる。

いつか、彼の腕に抱かれながら、彼と同じベッドで眠れる日がくる。

私の心の中にある漠然とした不安を彼の温かい胸で溶かしてもらえる日常が訪れる。

そう信じて彼の家へと向かう。

 

彼の部屋は結構おしゃれで。小物もこだわってて。清潔感もある。

こんなにいいおうちなのに、狭いからってなかなか家に入れてくれなかったけど、私が来るまでに掃除もたくさんしたんだろうし、人からもらったと言っていたお花も私が行くから飾ってくれたんだろうなぁと思うといとおしくて。

そういう小さな彼の素敵な部分を、丁寧に拾いながら一緒に過ごしていきたい。

彼が優しい声で私の名前を呼ぶ。

彼と同じくらい温かい日差しが部屋に差し込んでくる。

あぁ。今日のことは、忘れたくないな。

この瞬間がずっと続けばいいのにな。

 

彼の指がわたしの頬を撫でる。

愛おしそうな目で、息遣いで、私に想いを伝えてくれる。

1 2