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ただいま – Short Story –

SERIES -fempassCinema

作・湊いずみ

YouTube「fempassCinema」にて公開中『あの人を超える人がいない』主人公視点のショートストーリー。
主人公にはどんな心の動きがあったのか、本編であるドラマとはまた違った見え方ができるかもしれません。

 

 

強い女である自覚はある。
家事もできるし料理もできるし仕事もできるし趣味もあるし友人もいる。
一人でいて困ることなんて基本ないし、今までだってずっとそうやって生きてきた。
たまに訪れる寂しさの感情だって、ほかのことをして気を紛らわせればいつの間にか消えている。
そうやって昔からずっと自分の機嫌は自分で取って、気付けば一人で大人になっていた。
自分のことは自分でする、当たり前のこと。
でも周りは気付けば結婚したり出産したりマイホームを建てたりとライフスタイルが分岐して、気付けばわたしは”独身を謳歌している”と呼ばれるような年齢になっていた。

恋愛がしたくないとか、結婚するのが嫌だとか、そういうわけではなくて、ただ人生の中での優先順位が低いだけで、仕事一本で走ってきたらここにいただけ。
ただ、それだけだった。

なのに、周りはなんだかんだ幸せそうで。
嬉しいことも悲しいことも、一分の一のわたし。
そういうときに連絡をしてしまいたくなる相手もいるけど、ぐっと堪える。
寂しさは消すことができる。
今日も霞がかかったような虚ろな心を無理に明るく照らすように、ノートPCの画面を開く。

某動画サイトにアップロードした料理動画が50万再生まで伸びていた。
コメント欄を見て、「実際に作ってみたら本当に簡単だった!」「男でもすぐ作れて美味くて最高」とポジティブな感想にあふれるのを見て、やっと心のパーツが一つ埋まった感覚になった。

そうしてやっと、わたしはあの人へと連絡をする。

ーこんばんは!実は、この前アップした動画が50万再生もいったんです!
ーすごいね、それはお祝いしなきゃだね
ーお祝いしてくれるんですか・・・!!うれしい!!
ーやりたいこととか行きたいところとか食べたいものとか、あったら考えておいて。

いつも、良いことだけを報告する。自分の機嫌のいいときにだけ連絡する。
それ以外は相手から来ない限りは連絡しない。
それは、彼とわざわざ約束したわけではないけれど、長く一緒にいて、今は自然とそういう風に落ち着いている。
「その人がいるから、恋愛したいという気持ちにならないんじゃないの」と、友人は言う。たしかにそうかもしれない。
でも、そういう男女の美味しい部分だけを味わう共犯関係である今が、結局一番安心できるんだと信じている。

50万再生されていた動画は、会うまでの期間にも数字を大きく伸ばし、100万回までもう少しのところまできていた。
シャンパンの入ったグラスをお互い傾けて、チン、と鳴らす。
「やっぱり君の努力と魅力に、気付く人は気付くんだよ。僕はずっとそう思ってた。」
彼はわたしが欲しい言葉をくれる。

今日は久しぶりのお泊りデート。そして、彼はそういう日は決まって、いつもは着けている薬指の指輪を外してくる。それを確認して安心する。今日だけはわたしのものであると証明してくれているのだと喜びがせりあがってくる。

ディナーを終え、部屋についているプールサイドへ移動する。
ほのかに、近くの海の潮の香りが鼻を通り抜ける。爽やかな夜の風がゆるく巻いたわたしの髪を揺らし、彼の肩まで届く。
会いたかった想いが髪の先を伝って知られてしまうかのように、こちらへ伸ばした彼の指へと絡まっていく。
プールサイドの薄く灯るライトが、水面に揺れる。
彼の瞳に反射する。映るのは、「時間をくれてありがとう」と言うわたしの姿。
「君だって都合を合わせてくれたじゃないか。お互い様だよ。」
いつだって彼から出るのは、わたしを対等に見てくれていることがわかる、そんな言葉たちだ。

腕を引かれ、腰を寄せられる。
まるでプールサイドでダンスをするかのように軽々しくわたしを持ち上げ、部屋のベッドまで運ばれる。
これから抱かれるのがわかっているのに、きょとんとした顔を見せ、脱ぐのにも恥じらい、支えられながら倒されるその瞬間まで初夜の乙女のようになる。
執拗に手をつなぎ、いつもはある左手薬指の銀色の感触がないことを確かめる。
何度も何度も。
固く抱きしめられているのを抱きしめ返す。
何度も何度も。
心のピースがまた一つ、埋まった感覚になった。
隙間はたくさんあるけれど、しばらくはこの大きなピースでほかの穴も埋められそうなほどにパワーが生まれた。

朝になった。
ツインベッドの乱れた方を指さしながら笑い合い、水着に着替える。

ジャグジーに入ってはしゃぐわたしを優しいまなざしで見守る彼は、
一緒に入ってくれるわけではない。
「楽しんでる君を見ているだけで充分だよ」
とまた甘い言葉の蜜をわたしへ垂らして、わたしはそれを掬って舐め上げる。
せっかくだし、思い出に一緒に写真を撮ろうと言うと、スマホを取って私へ向ける。
「撮ってあげるよ。僕がいちばん君のこと撮るの上手いんだから」
とまた甘い言葉の蜜を垂らして、わたしはそれを開いて飲み込む。

既婚者である彼の中のはっきりとしたラインを感じるのに、それを魔法を掛けるように曖昧に誤魔化されて、わたしはわかっていてその催眠に乗る。
それでも何度でも挑戦してしまうのは、どうにかならないかなと心のどこかで思っているからなんだと思う。
どうにもならないのに。

楽しい時間はあっという間で、気付けば外は真っ暗で。
私のキャリーを引いてくれる彼の足が止まるのは、いつもの橋の上。

「ありがとうございました。すごく楽しかったです。次は海が見えるところとかがいいな」
「そうだね、また遠出しよう。じゃあ、ここで。」

外で歩くときは一定の距離感で。腕を組んだり手をつないだりもしない。
仕事の話をしたり季節の話をしたり、さっきまであんなに近くにいて、いつだって触れられる距離にいたはずの彼は、歩いている間にゆっくりとスイッチが変わっていくように、話し方からわたしの呼び方まで変えていく。
彼は、この時間からすでに家庭に帰っているんだと私はいつも思う。

私も帰る。
自分の家へ。

「ただいま」
そう言っても、部屋から返事が返ってくることはないのに続けている習慣。

荷解きはすぐにしたほうがのちのち楽だから、さっさとキャリーケースを開けて水着や下着や服は洗濯機へ。スキンケア用品を化粧棚へ。部屋着に着替え。行った先で買ったご当地ビールを見つけて開けて飲む。
当たり前にぬるい。
夏の暑さをじんわりため込んだキャリーで温められたビールは、一人の家に帰ってきたわたしにはお似合いの味だった。

ずっと一人でいいやと思っていたけど、誰かと二人の楽しい時間を過ごしたあとは、どうしたってさみしくなる。ため息をつきながらビールをシンクに流していく。楽しかった思い出とともにながれていくような感覚に襲われる。

友人に電話をした。
「ついに一人がさみしい日が君にもやってきたんだね」
とおちょくってくるが、それが彼女なりの励ましだということはわかっている。
「婚活とか、前やって微妙でやめちゃったけど、やっぱり再開しようかな。」と弱音を漏らすと彼女が言う。
「安心できるパートナーが横にいるって、それだけでメンタルが違うよ。強がってないで、またチャレンジしてみなよ」
流れていったご当地ビールは、ついに冷やされることもなく、すべて排水溝へ飲み込まれていった。

婚活アプリを入れてみた。
何人かスワイプして、教職をしているという男性とご飯へ行くことになった。
働いていて、程よくまじめで誠実であれば、パートナーとして求めるものはそれくらいでいいだろうと期待はしていなかった。
見た目は悪くなかった。サラダを取り分けるのが当たり前にわたしの役目だったことも、まあ別によかった。でもなんか会話の歯車が合わない感じと、好みのタイプを聞いて「振り回してくれるような子に結局惹かれちゃう」て大学生みたいなこと言ってる幼さとか、婚活アプリで会ってるのに「一人で生きていけそうですね」とか言えちゃうデリカシーのなさとか、そういうのがいちいち気になって全く楽しくなかった。結局、自分で好きなだけビールを頼んでキッチリビール代まで多めに払って帰ることとなった。
婚活再開の骨を折るには充分すぎるほどの相手だった。

どうしても我慢できなくて、彼に連絡をした。
自分で決めていたルール「機嫌のいいときしか連絡しない」を破ってまで。
それくらい今のわたしにとっては誰かに救ってほしい状態だった。
通話の呼び出し音がやけに冷たく感じる。
プツッとした間の後の応答する声にひどく驚く。
自分が電話を掛けたのに。
「ごめんなさい、電話はしないって言ってたのにしちゃって。」
「あ、あぁ、まあいいよ。どうかした?君らしくないね」
「わたしだって、ずっと一人で生きていけるほど強くないよ。そうやってどうにか自分を保っているだけなの。」
「うん、そうだね」
「取り乱してごめんなさい。実は婚活してて、今日アプリで知り合った人と会ってきたの。」
「それはいいじゃないか。君は魅力的だからね。すぐ彼氏ができるよ。」
「そんなことないよ…。わたしだって、誰かに甘えたり頼ったりしたい…。」
「うんうん。そうだね。でもきっとすぐ彼氏なんてできるさ。そしたらもう、僕たち会えなくなるね」
「えっ、なんでそんな―――」

そこからの記憶がない。
彼がどういう意図で「もう会えなくなる」と言ったのか、理解ができなかった。
わたしに彼氏ができたら会えない?じゃああなたは結婚してるのに会ってるのはなぜ?
彼氏ができても会えばいいじゃん、”お互いが”思い合っているなら――――。

「もう会えなくなる」の真意を突き止めると、
その意味を掘り下げてしまうと、
それはもう、わたしたちにとっての”区切り”を意味することに繋がる。
ハッと気付き、その答えが出るまえに、コンビニで買ったビールをのどに流し込む。
考える頭を朦朧とさせるために、直接脳までアルコールが行き渡るのを望むように。

零れ落ちそうな涙と心のピースをぐっと堪えて、あの橋を渡って帰る。
わたしは帰る。一人でも。

「ただいま」

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