「あなたが知りたい秘密を教えてあげる」
そう告げた宮下玲奈は、背後の客人を導くように階段を降りはじめた。
彼女は賢い女。
中世時代、知恵と奇跡で人々を導き、助けを与えてきた善き魔法使いたちの末裔。
夜の罪深さを知り、ありとあらゆる場所へ至る術を心得ている。
目指す先は、万人の秘密を封じた記憶の部屋だ。
「ついてきて」
宮下玲奈に誘われた客人は、恐怖と好奇心を押し殺しながら、その背中を追いかけた。
やがて厚く大きな扉が行く手を遮るが、たとえ百の錠前だろうと、彼女の訪問は拒めない。
賢い女が指を鳴らすと、堅固な扉はあっさりと道を開いた。
「すごいでしょう」
得意げに微笑んだ彼女は、戸惑う客人の答えを待たず、さらに奥へ進んでいく。
大理石の魔力が満ちた回廊を抜けると、やがてきらびやかな広間に辿り着いた。
葡萄酒と蒸留酒が並ぶ棚が、明星の欠片を閉じ込めた照明に照らされる記憶の部屋。
ソファーに横たわった宮下玲奈が、優雅に客人を仰ぐ。
「さあ、求める答えを心に描いて?」
その艶やかな仕草に魅了された客人が、無意識に彼女の姿を脳裏に浮かべた。
もしも淫蕩に耽った宮下玲奈が服をはだけ、目の前の相手を誘惑したら──。
現実ではありえない背徳的な妄想すら、記憶の部屋は叶えてしまう。
しかし魅惑の時間は、賢い女の冷笑と共に終わりを告げた。
「それはダメ」
客人がハッと我に返ると、目の前の彼女は忽然と姿を消していた。
呆然と佇む客人を、二階の通路から楽しげに見下ろす視線がある。
柵に寄りかかった宮下玲奈は、手にした花を傾けると、囁くように別れを告げた。
「ごゆっくり」
そして彼女は、音もなく記憶の部屋を立ち去った。
漆黒のドレスを脱いだ彼女は、宮下玲奈という賢い女から、何者でもない──素顔の玲奈という日常に戻る