戻れないところまで来ている自覚はある
それでも引き返すことはできない
握ったハンドルを回してUターンすることなどもうできない
ただずっと、ゆるい坂道を登っていくように想う気持ちが膨れ上がっていったそれは
自分のことなのに制御ができなくなっていた
それが恋というものだとわかったのはもう少しあとだった
二十数年生きてきて、初めて知ったことが多くあった
人を愛する気持ちがこんなに尊いことも
人に愛される気持ちがこんなに幸せなことも
人を想う気持ちがこんなに苦しいことも
一人の時間がこんなに淋しいことも
バケツをひっくり返したように感情が溢れ出ていくのが
こんなにも容易いことも。
わたしより高い体温の手のひらが滑っていく
頬を撫で 顎に触れ 肩を通って腰をなぞる
指が絡み合って 唇に寄せられ ネイルをつるつると愛でる
そんな細かい動きからでだって感じることができるくらい
大きくて暖かな愛を、人から贈られる喜びを知った
そしてこの愛おしい時間の終わりの合図はいつだって
強く抱きしめた後にわたしの背中を二度ぽんぽん、とやさしく叩くことだということも知っていた
いつ、本当の「最後」がくるのかに怯えながら
「そのとき」も、背中をやさしく押されるのかと恐れながら
今日も、また、「終わらない」ことを確認して安堵して
紅く輝く東京タワーが流れていくのを目で追う帰り道を繰り返して
ひとり、泥のようにベッドの中に潜り込んでいく
さみしい、と思ったときに見返すのはあなたがくれた空の写真で
繋がっていることを強く自分に言い聞かせて
孤独だ、と思ったときに見返すのはあなたがくれた海の写真で
引いては返す感情に名前をつけてしまわないように言い聞かせて
期待しない、喜ばない、夢を見ない、
そう自分に言い聞かせて
ああだったら、こうだったら、を
口に出すことすら禁忌として
もうわたしには
積み重ねてきた時間を栄養に息をするしかできなくて
もらったものを必要以上に愛でるほかに手段がなくて
抱かれながら言われた言葉を真に受けて宝物にするしかなくて
あのとき一つに溶け合った夜を思い返すしかなくて
一緒にいた穏やかな時間の経過を抱きしめて頭の中で繰り返すしかなくて
名前も未来も約束もないわたしたちこそが本当の愛のかたまりなんだと思い込む