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【前編】小澤マリア流 海外事業成功の道のり「誰にだってチャンスはある」

2005年から2010年までセクシー女優の第一線を走り続け、国内外を問わず、多くのファンに支持された小澤マリアさん。

その彼女が、現在はフィリピンに拠点を移し、経営者として活躍している。まさに今はコロナ禍で厳しい状況を強いられているが、5年の間にラウンジを2店舗とサムギョプサルの店を持つまでになった。

いかにして彼女はビジネスチャンスを掴んだのか、その軌跡を追う。

文:及川シズカ 写真:三浦祐介

セクシー女優は長く続けられない?

ーー高校卒業後、セクシー女優としてデビューした小澤マリアさんですが、当時から引退する時期を決めていたのでしょうか?

小澤マリア(以下、小澤) 決めてはいなかったんですけど、自分の中では人気のうちに辞めたいと思っていました。その方がかっこいいじゃないですか?(笑) 名があるうちに辞めたいみたいな。

それでセクシー女優としてデビューして3年目を過ぎた頃、作品の内容やオファー内容でいろいろと分かってきたんです。これ以上、続けると落ちていくなと。それで、中国や台湾、インドネシアなど、海外からオファーもいろいろと頂いていたので、海外に行くのはどうだろうと事務所の方とお話ししていたんです。

ーー事務所さんからの提案だったんですね。 ではフィリピンへの渡航はビジネスが目的だったんですか?

小澤 いえ、最初は旅行でした。フィリピンにいる友人夫妻に「一回来てみないか?」と誘われたんです。それで旅行のつもりで行ったら、ラジオに出てみないか? 雑誌に出てみないか? と続けてオファーがきてビジネスとなったんです。自覚はなかったのですが……フィリピンでも結構私、ネームバリューがあったらしいです。

今経営しているラウンジ(※接待飲食店)のボスが、偶然私が出演したラジオを聴いていて「フィリピンにいるんだったら一緒にパートナーとしてやってみないか」と声をかけられ、帰国前に急遽ミーティングをすることになったんです。

フィリピンにはちゃんとしたラウンジがないので、日本の良さとフィリピンらしさを生かしたラウンジを作りたいという相談でした。それから半年経たないうちに日本のマンションを引き払って、犬と財布を持って、フィリピンに引っ越したんです。それが2015年です。引退してから5年後ですかね。

語学力と飲食店経営スキル、そして鉄のメンタルを培った過去

ーーすごいスピード感ですね…。2010年にセクシー女優を引退されてから、フィリピンへと引っ越す間は、歌舞伎町でバーを経営していましたよね? 

小澤 歌舞伎町でラウンジ・バーを経営していました。知り合いがもともと経営していたので、この方とパートナシップを組みました。

同時に浅草ロック座(※ストリップ劇場)さんで踊り子もしていたので、日中は踊って、夜はバーに出ていました。その他にも中国のイベントに出演したり、いろいろやっていましたね。

AVに出演していた時から、何かしら自分でやりたいという気持ちがありました。デビュー前にも銀座で働いていましたし、歌舞伎町にお店を出してからも、夏になったら海の家をやってみたり、海外にも行ったり……とにかくチャレンジしていました。私、英語がしゃべれるので、それがプラスでしたね。

ーーお父様はカナダ人、お母様は日本人なんですよね。 幼少期はインタナショナルスクールで学んだ英語が今、武器になっていると。

小澤 昔は(ハーフを理由に)イジメられたりもしましたけど、今となっては本当に英語がしゃべれて良かったなって思います(笑)。

インターナショナルスクール内ではイジメはなかったですが、そこから一歩出ると世界が全然違いました。20年前は、今のようにハーフが多くなかったので奇異な視線を感じたこともあります。でも、その経験が鉄のハートを生み出したので、良かったなと思っています。「なんでも来い!」という感じです。

ーー語学力と強いメンタリティでビジネスチャンスもしっかりと掴んでますもんね! その後も着実に店舗を増やしていますが、経営する立場として手応えはいかがでしょうか?

小澤 ラウンジのボスの、さらにボスは、シンガポールにあるリゾートワールドというホテルグループに携わっています。

現在はメンバーシップを結んでいる状態で、契約も1年単位、2年単位であるんですけど、コロコロ変わります。これは海外あるあるだと思いますね。キビキビしてないところもありますけど、フリーなところがとても好きで。みんながオープンマインドなので、思ったことはすぐにパシッと言う。そこが一番合うのかな?

グループのボスには滅多に会えないんですけど、いつも無理難題を言われています。私は最年少で、しかも唯一の女性ですが、容赦なし(笑)。毎回ミーティングでいきなり難題を言ってきたりするんです。でも、困った時にはマリアの力を借りようとなるので、「必要とされてるんだな、私」と思って、自分で自分をメンテナンスしています(笑)。

2016年にラウンジの1号店をオープンして、2017年に2号店。そして、その次の年に、自社でビルを買って、フィリピン初のカプセルホテルにしたんです。ボスから「日本のカプセルホテルはどんな感じ?」と聞かれて、私も泊まったことはなかったんですけど、「安くて手軽でビジネスマンがちょっと出張の時にいいんじゃない?」と話しました。

日本のカプセルホテルの話には、皆さん感動していました。「こんなスペースに何でもある!」って(笑)。そのホテルの屋上が空いていたので、最初の半年ぐらいはラウンジにしたのですが、ニーズに合わなかったみたいですぐに別事業に切り替えました。

当時のフィリピンでは、コリアンブームだったので、サムギョプサルのアンリミテッド(食べ放題)の店にしたんです。日本円でいうと、1000円以内の食べ放題にしたので、家族の多いフィリピンの方が喜んでくださって、こちらもバズりました。会社側としてはちょっとマイナスなんですけど、みんなで楽しんでいただけたらと思ってやってます!

フィリピンと日本、異なる文化の壁でのビジネス

ーー聞いていると順風満帆ですが、異国だからこそ文化も宗教も国民性も異なると思います。ビジネスで苦労したことはありませんでしたか?

小澤 日本で当たり前だったことをフィリピンですると、ストレスを抱え過ぎてスタッフがいなくなっちゃうんです。

例えば、ミーティングで女の子たちに厳しすぎると言われたんです。

女の子たちや黒服の方たちと、お店が始まる前に全体ミーティングをすると、女の子たちがケータイをイジりながら、ダルそうに話を聞いているんです。でも、そこで怒っちゃうと飛んじゃう(出勤しなくなってしまう)ので、我慢します。女の子たちのプライドが高いんです。

でも、そのプライドが売り上げにつながるので、うまく下手に出るなど、私が頭を使わないといけない。「今日もかわいいね。」「昨日、お客さんとシャンパン飲んでたね。」「今日もがんばってね。」とかって。でも、フィリピンの方はとても素直なので、褒めるとめちゃくちゃ伸びるんです。

ーーなるほど。仕事に対するモチベーションが、日本とはまた違いますね……。

小澤 日本は良くも悪くも独立した考えを持っていると思うんですけど、フィリピンは独立していない分、家族を大事にしたり、コミュニティー力が強い。

誰かに何かあるとすぐに飛んでいくので、仕事よりも家族が大事。仕事は最後なんです。だからこそ「こんな文化が真逆のところで暮らすなんて無理!」と思って、最初は毎日帰って泣いてました。どうしたら上手くできるんだろうって……。

仕事をすれば稼げて、その分楽しく生きられるのに、なかなか伝わらない。私が折れるしかありませんでした。
ビジネスをする際には、どう区切りをつけるかが大切です。ラウンジなら女の子の扱いが難しいですし、平気で仕事してくれなかったり、毎週親戚が亡くなる子もいるし。

でも、誰でもわかるようなウソをついてくるから、可愛くて(笑)。休む理由を言ってくれるだけ、心を開いてくれたのかな? と思っています。休む理由を伝えることもなく、何も言わず飛んじゃうことが普通なんで。

しかも飛んだのに、数週間後に働いた分のお給料を取りに来るんですよ! 最初はびっくりしましたけど、ずっといると可愛く見えてくるんです。
彼らのハートは鉄です。全然傷つかない。でも、超ポジティブなので、そこは自分も見習わないとって思います。恋愛でもそう。ケンカしても次の日、気にせずに「Morning Baby!」って感じで来るんです。「昨日はごめんね」とかないんです。寝たら忘れるタイプです、みんな(笑)。

ーー寝たら忘れる……。驚くことばかりの暮らしぶりですが……小澤さんがフィリピンに暮らしつづける理由はなんでしょうか?

小澤 フィリピンに行く前は危ない街というイメージがあって、女性が夜道を歩いたら拉致されるぐらいに思っていました。でも全然そんなことないです。たしかに日本に比べたら危ないですし、夜は裏道へ行くことはオススメしないですけど、普通にモールやホテルは綺麗ですし、普通にウルフギャング・ステーキハウスとか食べられますし(笑)。コロナ以前のように動けるようになったら、フィリピンはオススメします。

日本人もけっこう多くて、コミュニティーもあります。物価はちょっと上がってはいますけど、日本に比べると安いし、人はやさしいです。英語ができることに越したことはないですけど、ラウンジで働いている女の子は、英語がしゃべれない日本人も多いです。

フィリピンでは日本人のコミュニティも大きいですし、和食屋さんも多い。日本語を話せる方がいっぱいいるんです。遊びに行くだけなら、カタコトの英語でも大丈夫です! ビジネスをするなら英語は必須ですけど、ちょっと滞在するぐらいでしたら、流暢じゃなくても大丈夫ですよ。
フィリピンは、島国で数えられているだけでも7,000島あるんです。少し街を離れるだけで行けるので、そういうアイランド・ライフを知ると東京に戻れなくなります(笑)。

フィリピンの首都・マニラは、東京の雰囲気に近いんです。私は都会暮らしに疲れたとき、アイランド・ライフを1週間して、リフレッシュして帰ってくるというのを繰り返してました。島ごとに見ることができる景色が全然違いますから。夕日とか、癒されます。

信用できる人との出会いとは、そしてこれから先の事について小澤マリアさんはどう考えているのか。 後編は、こちらからどうぞ!

【後編】小澤マリア流 海外事業成功の道のり「誰にだってチャンスはある」

【後編】小澤マリア流 海外事業成功の道のり「誰にだってチャンスはある」

2005年から2010年までセクシー女優の第一線を走り続け、国内外を問わず、多くのファンに支持された小澤マリアさん。

その彼女が、現在はフィリピンに拠点を移し、経営者として活躍している。まさに今はコロナ禍で厳しい状況を強いられているが、5年の間にラウンジを2店舗とサムギョプサルの店を持つまでになった。

後編では、ビジネスチャンスを掴むため、生きるための「人、お金との付き合い方」を伺った。