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狂ってる ‐ Short Story –

SERIES -fempassCinema

YouTubeで公開中 fempassCinema「狂ってる」主人公視点のショートストーリー。
主人公にはどんな心の動きがあったのか、本編であるドラマとはまた違った見え方ができるかもしれません。

作・湊いずみ

YouTube本編はこちら

朝起きてすること。

スマホの通知を見てうんざりして、捌いていくこと。
予定を確認して、今日は2限だけだから夜はパパ活。

茶飯で5(万)くれる羽振りのいい“パパ”のほうが余計な連絡してこなくて
”大人”を交渉してくる細い“パパ”のほうがいちいち連絡してくる。

女子大生とご飯食べれるんだから連絡もしたいならもっと金くれていいじゃん、と思うけど、
とはいえ私ももう大学3年。

そりゃ10代の大学一年生の子に比べれば多少レートが下がるのはわかるけど。

若さは有限。だから生かす。

毎月かかる美容代は惜しみたくないし、無理せず推し活だってしたいし、ヴィトンの新作だってほしい。

そういえば同じゼミの子が最近明らかに夜職始めた感じで、急にハイブラのバッグとかハイブラのネックレスとかつけ始めて、わかりやすすぎて噂になってたなーとか。
ああいう子が自分のこと安売りして相場下げたりするんだよなとか。

そんなこと考えながら、今日会う“パパ”へリップサービスがてら連絡する。
「今日はお肉の気分かな♪会えるのたのしみ!」

客観的に見ても、わたしはかわいい方の部類に入る。
だから、単価も周りの同世代に比べれば若干高くてもいけることも自覚している。

舐められないように、隙を見せないように、
まるで高級な猫にでもなったかのように、
手に届かない位置で舞う蝶のように振る舞う。

一緒にご飯を食べながら、“パパ”の欲しい言葉を言って、欲しい相槌を打って、欲しい愛嬌を送って、それで稼ぐ。

身体は売らない。それはわたしが決めたこと。

もう世間でいうところの“パパ活”は、本来の意味を成さなくなっている。
肉体関係のことをそれっぽく「大人」と呼び、それ込みが当たり前になってきてしまっている。安売りしている女たちのせいで、レートも治安も悪くなっている。

初回で会う人は高確率で「大人」を交渉してきたりするけど、
「女子大生とご飯を食べるだけでいい、金を持った男」なんていくらでもいるから、顔合わせで大人を匂わせてきた時点でわたしは切る。

もうこんな真っ当に身体を売らずパパ活してる子なんて一握りなんだろうけど。
それでもわたしは自分の価値をわかっているから安売りしない。

今日のパパは、清潔感があって、スマートで、かなりお手当も厚くくれる。

既婚者で、わたしと同い年くらいの娘が二人いるって聞いたけど、デート中はそんなの気にならないくらい若く見えるから、気分がいい。

車高の高い車で迎えに来てくれて、ご飯を食べながら、最近の話とか、就職の相談に乗ってもらったりして、お手当をもらって解散する。ほんとはこのパパをもっと頻度上げたいけど、ほかのパパより単価高いからあんまりグイグイもいけない。

この駆け引きがパパ活ではかなり重要。

このパパは、自分が都合のいい時だけ連絡をくれるタイプのレアキャラだから、逃がさないためにもあまり強気にはでないようにしてる。

そうやって、パパによって見極めて、
お買い物でめちゃくちゃおねだりしてもいいタイプのパパもいれば、
単価低いけど頻度高くサクッと会えるからほかのパパより会う回数多くしてるパパもいたり…で調整している。

今日もこのパパとおいしい焼肉食べて、お手当が5枚入っているのを封筒の中から確認して、ハグして解散。

お金はどうやったってわたしのことを裏切らないから、この瞬間がなにより大好き。

上機嫌で帰っていると、友人から連絡が来た。
「他大との飲み会あるけど来ない?」

普段は絶対に行かない飲み会。
お手当も交通費ももらえないのに行くご飯って何の意味があるの?と思うけど、
なんだか今日は気分がいいから、OKした。

久しぶりに同世代の男子と話す。同世代の人って、なに話せばいいんだっけ。
わたしの会話のボキャブラリーはパパ活に集中しすぎていて、”友人”とか”同級生”とかと会話するときになにを話したらいいのかわからない。

飲み会って、単位がどうとか、サークルがどうとか、彼氏彼女がどうとか、酒が足りないとか、そういうなんの実にもならない会話を大人数で、誰かもわからない人と交わして。

で、なににもならない。
そういうイメージ。
大学入ってすぐの飲み会にいいイメージがなくてそれ以降は一切行かないようにしていたけど、あれから2年たったし、これもまあ経験、なにかが変わるかも、と思って行ってみることにした。

普段は行かないような大衆居酒屋での集合。

2階にある座敷席。

色んなギャップがありすぎて、本来の21歳って、”こう”なんだ。と実感する。

わいわいとすでに賑わっているグループの中に、誘ってくれた友人を見つける。
友人の隣に座って、あたりを見回してみる。
ゼミで見たことあるような人が数人、と、ほかはもうどこまでが同じ大学の人間なのかがわからない。

「珍しい子が来た~一緒に飲も~」と八方から声をかけられて、思わずパパ活で鍛えられたビジネススマイルをふりまく。当たり障りないことを話して、飲んで。

やっぱり来た意味なんてなかったかもなと、早々に後悔し始めていたところに、
端でひっそりと飲んでる男の子を見つけた。

眼鏡をかけていて、真面目そうで、なんでこの会にいるのか、わたしと同じくらいわからないような存在感で。
周りの騒がしいメンバーたちから声をかけられたら、それなりに返して、でも結局一人でちまちま酒を飲んでいるような。

なんだか気になって、トイレから戻ったタイミングで彼の近くへ行き、声をかけてみた。

「同じ大学ですか?」

彼は、突然知らない女性から声をかけられたことに驚いた顔をしてから、返事をした。

「た、多分?〇〇大だけど」

「あぁ、じゃあ同じですね」

「…。」

自分のボキャブラリーの少なさに引いた。

そして、”わたしから”話しかけたのに、次の会話を続けようとしない彼にも驚いた。

パパ活だったら、基本的にパパは仕事の話とかゴルフの話とか、どうでもいいことを永遠とわたしに話してくるし、そのあとにはわたしに趣味とか次の予定とか何が欲しいかとか聞いてくるしで、会話が途切れることがないから、そのギャップに驚いた。

でもなんだか不思議な空気を醸し出す彼は、その無言の数秒が耐えられないわけでもなくて。
そんなこと、普段のわたしではありえないことだった。

「こういう飲み会、わたし新歓以来 来たことなくて。よく来るんですか?」

「いや、僕も、こういう場は本当にあまり来なくて。いつもバイトしてるから。今回たまたま友達がいるからって来てみたんですけど、いざ来たらその誘ってくれた友達がこれなくなったって連絡来て。」

「それは、なんか、つまんなく感じますね、笑」

がやがやと騒がしい場で、わたしたちだけ、ぽつぽつと話を続けていて、それが妙に心地よくて、ようやっと、この場へ来たこと自体への後悔が薄れていった。

連絡先だけ交換して、また大学とかで会おうと、口約束をして、
飲み会はその収穫を持って帰宅した。

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