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悲しい、けど悲しいだけじゃない『この世界の片隅に』ねっちょりレビュー

連載 -ねっちょり映画レビュー

「fempass」をご覧のあなたのおこもり需要に合うことを願いつつ、おすすめ映画を独断と偏見で、ゆるっと紹介していくコーナーです。

ねっちょりじめじめしたタイプの愛の星・うお座ガール(ぺちこ)が、ねっちょりじとじと読み解いたレビューですので、何卒ご理解のほどお願い申し上げます。

文・ぺちこ/イラスト・土屋みよ

ぺちこ プロフィール

うお座の星の下に生まれた弩級のロマンチスト。“運命”とは、一本の時間軸上にあると考える淑女。つまりパラレルワールドモノは苦手。夏の思い出といえば、小4。幼馴染と遊んでいた公園の端っこに捨ててあったエロ本を好奇心で開いたあの時。「マイナスとマイナスをかけたらプラスになるよ」のテンションで「変態と変態が合わされば、それは、正常」と書いてあったあのどエロいグラビアが忘れられません。

※こちらの内容は記事執筆当時(2021年8月1日時点)のものとなります。

きたわね、夏が。
そして8月が。

せっかくの夏とはいえろくに外出もできない昨今、みなさんいかがお過ごしでしょうか。なんだかんだ開催されたオリンピックを楽しく観戦している方々も多いことでしょう。

しかしオリンピズムの精神である“平和”について、思いを馳せていた人は果たしてどのくらいいるのだろうか? スポーツを通して世界が一つになる瞬間の素晴らしさを肌で感じつつも、私たちが何気なく過ごすこの日々が、かつての大きな犠牲の上に成り立ったものだということを思い出すことはあるだろうか?

いささか堅苦しいお話かもしれないが、今一度、せめて8月くらいは生きていくことについて考える日があっても良いのではないかしら。そう、今回のぺちこちゃんはちょっと真面目系。

「多少落ち込むかな」くらいの感覚でハンカチも持たず観に行ったが最後、大号泣ぶちかましてなんなら公開当時に現地・呉まで行って再度鑑賞した本作品。『君の名は。』や『鬼滅の刃』でアニメーションに抵抗のなくなった皆さま、この夏、どうしても観てほしい映画、あります。

第3回はこちら

『この世界の片隅に』
監督:片渕須直
原作:こうの史代『この世界の片隅に』(双葉社刊)
主演(声):のん
公開日:2016年11月12日 126分

<あらすじ>
舞台は昭和20年(1945年)、日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄えた広島・呉。主人公のすずは、広島市江波で生まれた絵が得意な少女。18歳の時、20キロ離れた見知らぬ土地・呉で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となる。親の決めた縁談ではあったものの、ささやかな幸せを感じながらのんびりとした日々を送っていた。
しかし戦争が激化するにつれ、日本海軍の根拠地だった呉市にも戦火が届くようになる。そして、やってきた昭和20(1945)年の夏。当たり前のように存在すると思っていたささやかな日常が、大切な人が失われていく。
それでも支えあい、愛や希望を見つけながら、まっすぐに生きていく彼女たちの命を描く。

「戦時中なのにほのぼの」 コントラストがえぐい映画

「戦争映画、つらいから…」

貴方のそのお気持ち、分かります。戦争映画というと『火垂るの墓』のような、悲壮感に満ちた胸をえぐられる作品を思い浮かべる人も多いでしょう。かつて観た戦争映画で胸を痛め、無意識にそれを題材とした映画を避けるようになった人もいるでしょう。

しかしお伝えしたいのは、この作品は明るい映画だということ。悲しさは勿論あるのだけど。
戦争映画は数あれど、こんなにもほのぼのとした日常を描いた映画はそうない(と、私は思う)。そんな唯一無二の存在感。色彩やタッチは勿論、主人公のすずちゃんの性格(のんちゃんの声含め)、少なくなっていく食材でおいしいご飯づくりにチャレンジする光景など、終始ほのぼのとしている

・・・のが逆にしんどいんですけどね!!!
ほのぼのとした日常と、戦争の残酷さのコントラストがあまりにも大きく、けれどそこが、私が本作品を強くおすすめしたい理由のひとつなのです。
このコントラストを受け止め咀嚼することで、生き方が変わるような“気づき”に繋がると、私は思うのです。

経験しえないものを現実として捉えることは非常に難しい。
私は今まで、第二次世界大戦を“怖くて悲しい歴史”として、それ以上も以下もなく捉えていた。それがこの映画を観たことで、一気に解像度が増してしまった。
そして気付かされてしまった、今までの己の“生きてなさ”。恥じちゃったよ。ボーっと生きてきちまったな。

ああ、戦時中でも、確かにそこには我々の過ごす日々と変わらない、他愛もない日常があったのだ。しかしその日常は戦争によって徐々に蝕まれ、大切な人をも奪っていく。

大切な人と笑いあって、一緒にご飯を食べて、また明日ねと言って眠りにつく。そういうありふれた日常の犠牲と無念の上に、今我々は生きているのだ。
「平和ボケ」とはよく言うが、平和に生きていけることがどれほどありがたいことなのか、
何も奪われることなくこの環境を享受できることへの“ありがたみ”に気づいちゃったからにはさあ、生きることと向き合わなければならないんじゃない?! たとえオリンピック選手になれることはなくても、このダラダラと惰眠をむさぼるだけの生活を続けてちゃいけないんじゃない?! 生きるって、覚悟なんじゃない?!

愛はどこにでも宿る

すずちゃんは親の決めた縁談で、見知らぬ街の北条家へと嫁いでいった。最初こそ居場所を見つけられずにいたが、最終的に家族として愛を育み、この家に自分の居場所を見出していく。

ここが、私にとって考えさせられる2つめのポイント。なんたって愛の化身、ぺちこちゃん。愛については熱くなってしまうのよ。

今は多くの人が自由恋愛で結婚を決められるようになったが、すずちゃんのころはお見合いや親の意向での結婚も多かった時代。
自由恋愛が主軸な私たちにはいまいち想像しづらいところではあるが、原作や、劇中歌でたびたび「どこにでも宿る愛」というセリフが出てくるように、これが本作品を通しての大きなテーマであることは間違いない。
ネタバレにはなるが、最終的に北条家は原爆で孤児となった少女を迎え、家族を広げていく。そこには確かに「愛」が存在しているんだよ。

お見合いだとて、かまへんねん。
出会いはなんだってええねん。マッチングアプリだから~って恥ずかしく思うことないねん。人と人とが出会い、ともに生きていく。そこに愛は宿るのだ。

社会心理学者のエーリッヒ・フロムの『愛するということ』という著書には、「愛するということは“(恋に)落ちる”ような受動的なものではなく、努力して手に入れられる能動的な“技術”だ」という教えがある。
ぺちこちゃんは泣いた。宿った愛は、ともに育み、広げていけるものなのだ。愛もまた、生きることと同様に“覚悟”なのだろう。

武士の如く“覚悟”についてのお話をしてしまいましたが、そうやって先人たちが繋いでくれた命や愛に気付き、この与えられた命をどう生きていくか。
そして最期には「この世界の片隅に、私を見つけてくれてありがとう」そう笑って人生の幕を閉じられるよう、平和な世界を私たちも未来へ紡いでいかないといけないわね。

そんな気持ちを持ちつつ観る五輪、色々ありましたがなんだかんだで最高に楽しいですわなあ!

言葉にできないこの衝撃『バーフバリ』ねっちょりレビュー

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